
日本百名山「祖母山」と三百名山「傾山」を結ぶ九州を代表する縦走路
祖母山(そぼさん)は大分県と宮崎県にまたがる1,756mの山で、日本百名山。かつては九州一の高峰と言われていて、あのウエストンも1890年に五ヶ所高原から祖母山に登っています。富士山に登ってから二番目に登った山だそうです。
元々は古い火山で、侵食が進んだ結果いまでは火山の面影がありませんが、深い原生林と屹立する岩峰、清らかな水が流れる渓谷が魅力です。
日本百名山で深田久弥氏は、いまひとつ知名度のない祖母山について次のように記述しています。
火を噴く阿蘇、高原の美を持つ九重、と鼎立しながら、祖母はあまりにつつましく、前二者のような観光的効果に欠けているからでもあろう。
たしかに祖母山は一瞥直ちに人を惹きつけるという際立った山容ではない。ケレンもなく、奇抜さもない。しかしその渋味はみつめるに従ってじっくりと来る、といった風の山である。こういう山は流行には乗らないが、不易の命を持っている。
一方、傾山(かたむきやま)は1,605mで日本三百名山。ピークそのものが巨大な岩峰となっていて、バリエーションルートも豊富です。様々なレベルの登山者を受け入れてくれます。
祖母山はなんとなくじじむさい名前だなあくらいにしか思っていなかったのですが、福岡の山友が「やっと祖母傾の縦走してきたよ」とボソッと呟きました。聞くと「九州岳人なら一度は行かねばならない」縦走ルートだとのこと。急に興味が湧いて久しぶりに昭文社の山と高原地図を購入して研究しました。マップ付録の解説冊子にも「九州岳人なら」との記述があり、九州を代表する縦走ルートであることは間違いないようです。
祖母山〜傾山縦走のアプローチ(関西から)
関西から大分に行く方法としてフェリー(商船三井さんふらわあ)を採用しました。
往路は神戸(前日19時出発/6時20分着)大分で、web予約し、ツーリスト料金で片道8,800円です。
復路は大分(前日19時半出発/7時55分着)神戸で、お試しに利用したプライベートベッド料金往復割引で13,300円でした。
ツーリストは相部屋ながらスペースは確保されています。一方プライベートベッドはカプセルホテルのようにカーテンで自分のスペースを確保できるので、ツーリストより当然ながら快適でした。金額との兼ね合いだと思いますが、テントや小屋泊まりに慣れている方ならツーリストで十分快適に過ごせると思いました。
大分港からは西大分駅まで歩き、JRで豊後竹田駅まで。駅からこの地域がユネスコエコパークに登録以来運行されているバス「カモシカ号」に乗って、神原(こうばる)まで。豊後竹田駅(9時15分発/9時45分着)神原登山口手前林道で1,020円。前日15時までに予約し現金のみ。
下山後は地元のコミュニティバスに乗り傾山登山口(13時19分出発/14時6分着)緒方駅で300円。そこからJRに乗って大分まで戻ります。コミバスは月〜金曜運行です。
今回は利用しませんでしたが、入下山日が土日祝なら豊後大野市タクシー協会が運用している「予約制あいのりタクシー祖母・傾線」というのがあって、便利そうです。前日17時までに予約必要。
祖母山〜傾山縦走のコースとタイム
祖母山も傾山も多くの登山口がありますが、公共交通を利用するとなると北側の大分側からが便利です。深田久弥も登った神原コース(4時間55分)から祖母山に登り、縦走路に入り(10時間35分)、傾山からの下山路は上畑コース(4時間50分)を採用しました。今回はソロですので、どちらも最も一般的なルートとされているものにしました。コースタイム は山と高原地図を参照しました。
ちなみに障子岩尾根〜祖母山〜傾山〜三ツ尾コースの岩峰ルートを回ることを「完全縦走」と呼ぶ人もいます。
宿泊地をどこにするかは悩みました。縦走路には無人小屋が祖母山の九合目小屋、傾山近くでは九折越小屋があります。これらの小屋周辺では、指定地ではないもののテントを張ることもできるようです。また尾平越から東に少し進んだところに「ブナ広場」と呼ばれているところも、多くの人がテント泊していてなんとなく容認されているようです。
私は1日目に頑張って「ブナ広場」、2日目に縦走から傾山アタックして戻って九折越、3日目は傾山登山口へ下山のみとしました。
水場は上記3地点であるとの記述があり、私自身は九折越で実際に水を汲みました。これらのテント地点はいずれもトイレがありませんので、携帯トイレを持参しました。
以降は2025年11月の山行記です。もしよかったら最後までお付き合いいただけたらと思います。
■祖母山〜傾山縦走 2025/11/19~21 実歩行タイム
1.「カモシカ号」下車地点(9:35/9:50)一合目の滝(9:50/10:40)祖母山5合目小屋(10:40/12:15)国観峠(12:15/12:50)祖母山九合目小屋(12:55/13:10)祖母山(13:20/14:50)障子岳(14:50/15:40)古祖母山(15:40/16:50)尾平越(16:50/17:00)ブナ広場 7時間25分
2.ブナ広場(6:20/8:00)本谷山(8:00/9:00)笠松山(9:00/10:05)九折越(10:10/11:20)傾山(11:30/12:25)九折越 6時間5分
3.九折越(6:55/9:25)九折登山口(9:25/10:30)傾山登山口バス停 3時間35分
1日目-1:フェリーで大分上陸、神原の登山口へ

午前6時20分に大分港に着岸。さんふらわあよ、ありがとう。風呂も入れたし、ビュッフェもお腹いっぱいになりました。ツーリストのクラスで十分寝ることができました。
10分ほど歩いて西大分駅に。大分駅で豊肥本線の普通列車にすばやく乗り換えて、豊後竹田へ。通学の生徒さんらが、朝早くからたくさん乗っています。

豊後竹田駅に着いて驚いたのが、駅のすぐ裏に大きな滝があることです。こんな光景は初めてのことです。最初は何かアクシデントでもあって漏水してるのかと思いました(笑)

この滝、落門の滝といいます。滝のあるところに後から駅を作ったそうです。
9時15分発のかもしか号に30分ほど乗って、神原まで。1,020円でした。

午前9時半すぎに出発。予定より若干早く出発することができました。きょうは行けるところまで行くつもりなので出発が早められたのはうれしい。神原の登山口まで林道を歩きます。第二駐車場と一の滝を経て、第一駐車場に到着。トイレ、水場、登山届け入れがあります。
また登山者の把握のためカウンターが設けられていましたので、1プッシュしておきました。

1日目−2:神原登山口から祖母山へ

谷あい沿いの緩やかな道を行きます。谷は紅葉が素晴らしく綺麗で、水も清らかに流れています。やがて石積みの土台にガラスがはめられた小屋が見えてきました。一見するとおしゃれなコテージのようです。五合目の小屋です。水場、トイレがありました。中もきれいです。

五合目の小屋を過ぎてから、登りが始まりました。下の写真「ここから急登 さぁ頑張って!」はーい

ここは我慢の登りが続きます。

だんだん空が広くなってきたのを感じながら、前方の樹間から白いものがちらほら。まさか…と思うと、自然と足が早くなりました。国観峠に着くと白い山が横たわっています。祖母山が霧氷に覆われています。一気に気分が上がります!

霧氷の中を歩いて、まずは九合目小屋へ。こじんまりしたかわいい小屋です。外観よりも特筆ものなのが中身の充実ぶりです。

入ると大きなストーブがあり、薪も少し用意されていました。奥に進むと下の写真の部屋。左手には「寝室」、奥にはトイレがありました。写真の部屋には本棚に多くの本があり、Bluetoothでスピーカーを鳴らすこともできます。噂には聞いていましたが、これはすごい避難小屋です。

快適そうな小屋を後にして祖母山を目指します。霧氷が花のように木々についていて、とても綺麗ですね。彼方に見えるのは久住(くじゅう)の山でしょうか、大きな山が見えます。


小屋を出てすぐに祖母山の山頂に着きました。1,756mで九州では五番目に高い山です。別名を姥岳、または鵜羽岳と呼ばれ、山頂に神武天皇の祖母に当たる豊玉姫を祀ったことから祖母山の名前が出たと言われています(麓にあった九州自然歩道の看板より)。山頂には健男霜凝日子(たけおしもこりひこ)神社上宮の石祠がありました。

1日目−3:祖母山から縦走路に突入「ブナ広場」まで

祖母山山頂からこれから進む天狗岩、障子岳。そこから左に折れて古祖母山。上の写真の枠外ではありますが、傾山らしき山体も見えました。
山頂に着いた時点で13時10分。当初の予定より2時間も早く山頂に着いてしまいました。もともと「できれば1日目に距離を稼いでおきたい」と考えていました。祖母山からの激下りは鎖やはしごが連続します。この激下りを明るいうちに抜けてしまいたいとの思いと、翌日以降の行程に余裕をもたせたいとの思いです。気合いを入れて縦走コースに突入します。

上の写真の岩場をロープに頼りながら降りていくと、やがて梯子が連続するようになりました。こんなところを夜明け前の暗がりの中ヘッドランプで進むのは「やっぱり嫌だなあ」と思います。自分の判断に間違いはないのだと、自分を励ましました(笑)

激下りが終わると緩やかな縦走路となりました。ふと振り返ると祖母山が見えました。南側から見ると烏帽子をかぶったような感じで妙に親しみが湧いてきました。
それにしてもこの辺り大分側は断崖絶壁、宮崎側はなだらかな地形が続きます。

障子岳の直前になぜか下の写真のようなプレートがありました。九州はツキノワグマが絶滅したはず。1987年に縦走路の先にある笠松山で一頭のツキノワグマが射殺されましたが、DNAを調べたところ北陸〜中部出の個体であることが判明したそうです。ちょっと疑わしいということで、大分県で生息がうかがえる記録としては、1957年の傾山山麓で死体が見つかったのが最後になるようです。2012年に環境省が絶滅を宣言しています。

障子岳に着きました。14時50分。山と高原地図には「小広場あり」の文字があって、もしかしたらこの辺で幕営かもと思っていたのですが、それってこの山頂のことだろうか?ちょっと思ったのと違う。
とにかくまだ時間があるので足を伸ばすことにします。

祖母山から天狗岩を超えてやってきた。

次の目標は古(ふる)祖母山。あまり苦労はなく、ずんずん進む。この縦走路は岩場となだらかな道のメリハリがあって、大変歩きやすい。なだらかな道はずっと落ち葉を踏みしめるようで、すごいスピードで上り下りするようになった。自分でも普段使わないパワーが漲るようだ。「ゾーンに入った」感じで、恐ろしい(笑)

古祖母山に15時40分。日の入りは17時20分ごろのはずなので、まだ進めるな。尾平越あたりまではなんとかなりそうだ。

ここでコンパクトカメラのバッテリー切れ。そういえばスマホの充電ばかり気にしてカメラの方はしばらく満足に充電していなかったかも。これ以降はスマホカメラになります。
さて下の写真は1214地点の西側の鞍部です。本当はここでテントを張ってもいいかなとも思ったのですが、鞍部に降りてみると「←水場 テン場 ブナ広場」と標識が立っていました。そこまで書かれると進まざるをえないなという気になりました。できれば、テント泊が容認されているところで張りたいですから。

20分ほど歩くと下の写真のところに到達しました。一眼見たときに「ここがブナ広場だ〜」とわかりました。

もう少し進むと「水場」の標識があり、その前でモンベルのU.L.ドームシェルターを張ります。そしてツナ缶をペロリと食べて、尾西のドライカレーも。すぐに暗くなったので、ここの水場は確認しませんでした。さすがに疲れていたのかすぐに寝ました。

2日目:ブナ広場から縦走路後半 傾山アタック

5時半に起きて、朝飯は菓子パンと紅茶。今回の食料は水の調達が難しいと思って、朝はパンとお茶、晩はジフィーズとツナ缶とスープとしました。入山時点で水3lとポカリスエット500mlで出発したのですが、2日目の朝の時点で2l残っています。晩秋のこの時期だからあまり水を消費しないで済んでいるのかもしれません。水分は摂取しないと体調を崩すことになるので、過度の節水は禁物です。
本谷山をすぎ、しばらくで水場の表示がありました。確認したところ、浅い沢筋があり水たまりはあるのですが、流れはなかったので、この日の水場の利用は無理と判断しました。
やがて前方に荒々しいギザギザした山が見えました。傾山です。本当に漢字の「山」の字のようです。かっこいいなあ。

笠松山に9時。この辺はコースタイム通り。というか全然タイムをまくことができない。昨日の「ゾーンに入った」ペースはやはり一時的なものだったのかな?
本谷山からは基本的に下りです。どこまで下るかだけが気がかり。あまり下ってほしくない。

10時には九折越小屋に到着しました。以前はあったトイレは撤去されたそうです。昭和60年に建設したそうですから、外観もややくたびれた箇所がありました。十分ですけどね。

小屋から50mほど下りると広々としたところに出ました。この広場はヘリポートとしての役目があるそうです。麓の様子も見下ろすことができます。電波(docomo)も通りました。

さあ、荷物をデポして傾山アタックです。気持ちの良いなだらかな道が続きます。それにしても傾山いいわあ。

どこ登るねん!と思いますよね。

実際のところは多少のロープ場はあるものの、ジグザグの道が続いていて、見た目ほどの難しさはありません。これならヘッドランプでの行動も可能だった気がします。3日目の最初に傾山アタックもありですね。

来し方を振り返ると、これまで歩いてきた稜線が眼下にあります。結構来たな。祖母山は雲の中に隠れています。

後傾を経て傾山の頂上に着きました。途中から難ルートと評判の杉の越ルートからきた若者3人パーティーと前後したのですが、とても大変だったそうです。杉の越ルートは大崩山へさらに縦走する時のルートになるのです。

傾山の山頂で行動食をとって、元きた道を引き返します。晩御飯はジフィーズの五目ご飯とツナ缶とインスタントみそ汁。それに明日の行動が短く、ほぼ安全圏に到達したので、食料の「食いつぶし」にかかり、魚肉ソーセージや樽焼きのせんべいを食べたりして空腹を満たしました。

九折越は見立方面に10分ほど下ると水場があって、実際に汲んでみました。これは助かります。

鳥に羽ばたきでびっくりするくらいの静けさに包まれながら、ゆっくりと日暮れを迎え、傾山が残照に映えています。
感傷にひたるシチュエーションですが、ラジオからは大相撲の中継が流れています。ウクライナ出身の安青錦(あおにしき)の活躍と、横綱のふがいなさが伝えられます。相撲の実況を聞くのも久しぶりだ。(千秋楽で安青錦はこの場所で初優勝した)

3日目:九折越からは落ち葉で道を見失いがち

夜中はシカが近くで鳴き、足音も聞こえたのでちょっとビビった。
最終日はゆっくり下山で7時出発。13時19分に傾山登山口バス停に着けば良いのですが、この道も記録によっては「怖い」「わかりにく」などとの文言があることがあります。歩行タイムも人によっては時間がかかっている記録もあるので、4時間半を見込んだのですが、結果的には3時間半で行くことができました。
ですが、最初のうちは何度も道を見失いました。落ち葉が完全に道を覆っていて、完全にピンクテープ頼り。ピンクテープが親切丁寧につけられているので何とかなりましたが、焦っているときや暗いときはちょっと難度が上がります。
いったん林道に出ますが、すぐに山道に。

時折、岩場が出てきますが、ロープも据え付けられていて大丈夫。9時半前、九折登山口が見えてきました。

九折登山口は駐車場、水場、トイレがあり、豊後大野のwi-fiが案内されていました。完璧やん。ここで時間を潰してもいいのですが、せっかちな性格なので、そのまま傾山登山口バス停まで歩きます。

1時間で傾山登山口バス停に到着。コミュニティバスまで3時間近くあります。わかっていたことなのに、どうして時間配分できないのでしょうね。近くには健男社という神社がありました。大杉の参道が立派でした。それからは何度もお湯を沸かし、お茶を飲んだり、茶葉がなくなるとお白湯を飲んだり、樽焼きせんべいの残りを時間をかけて食べていると、13時19分過ぎにコミュニティバスがやってきて車中の人になることができました。

大分駅で「とり天」「とりかわ」と生ビール、フェリーで寿司とハイボール
緒方駅からJR「九州横断特急」に乗って大分駅に。大分駅では豊後茶屋で「とり天定食」と生中ビール、竹乃屋で「ぐるぐるとり皮」3本と小ビールをいただきました。まだ胃に入りそうなので、フェリーで食べようとに大分の地元百貨店「トキハ」の地下に行くと、寿司10貫が2割引で689円(税込)で買うことができて幸せな気分になりました(笑)

大分といえば麦焼酎ですが、あえて日本酒をということで「ちえびじん純米吟醸」2,200円(税込)を購入。
さんふらわあは大分港を19時半に出港し、私はというと大浴場で汗を流し、寿司を食して、角ハイボールを飲んで、すっかり良い気分で眠りについたのでした。

「九州の岳人なら一度は歩かねばならぬルート」は他に「九州随一のロングルート」とも呼ばれているようです。九州には山がポツンポツンとあって、あまり長大なロングコースはないのです。こうした山域の広がりのなさも九州でツキノワグマが絶滅した原因の一つなのだとか。
それにしても福岡の山友が「祖母傾をやった」と聞かなかったら、多分こんな計画は考えなかったでしょうね。
祖母山は霧氷に包まれているし。縦走路、傾山も快晴の中、余裕を持って歩き切ることができたし。非常に満足感が高い山行となりました。
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