
「カイモンダケ」という名前はその語幹の格好よさから、学生の頃から知っていました。それが「開聞岳」で、あの円錐形の特徴的な山だと一致したのは、かなり後のこと。どこにあるのかはっきりと認識したのは、恥ずかしながらつい最近のことです。
開聞岳は標高924m。「薩摩富士」とも呼ばれています。日本百名山で深田久弥氏は次のように記して、その姿形を最上の言葉でほめあげています。
高さこそ劣れ、ユニークな点では、この山のようなものは他にないだろう。これほど完璧な円錐形もなければ、全身を海中に乗り出した、これほど卓抜な構造もあるまい。名山としてあげるのに私は躊躇しない。
おそらく日本百名山に選ばれていなければ、登ることがなかったであろうこの名山を12月末に訪れました。前日は霧島の韓国(からくに)岳を登り、鹿児島中央近くのホテルに泊まりました。続いて夜明け前のJRでアプローチして開聞岳に登る計画です。コースタイムで駅から往復5時間25分のルートです。
■開聞岳 2025/12/23 実歩行タイム
JR開聞駅(6:40/7:10)開聞岳北登山口(7:10/7:55)五合目展望台(8:00/8:35)仙人洞(8:35/9:00)開聞岳(9:05/11:30)鹿児島交通開聞駅前バス停
※下のゴール地点は途中でGPSをオフにしたもので、バス停ではありません。
夜明け前のJR開聞駅からスタート

鹿児島中央駅4時46分発の指宿枕崎線に乗り込みます。この普通電車は山川駅止まりで、駅員さんに「開聞に行くのですが、このホームで待っていたらいいんですか?」と聞くと、「いえ、線路を渡って向かいのホームで待っていてください」とのこと。
慌ててそちらに向かうと、なるほどすでに学生さんを中心にホームで並んでいる人たちがいます。みなさんに習って無言で列の後ろに並び、枕崎方面からプラットホームにやってきた列車に乗ることができました。
開聞駅に着いたのは6時32分。やはりというべきか下車したのは私だけでした。海が近いということもあり、なんだか密航やら怪しげな取引があるような妙な気分になりました(笑)駅前にはトイレありです。

駅から東に向いて歩いていると、立派な建物が建っています。指宿市役所開聞庁舎です。ここを右手に折れると、黒々とした三角形が目の前にそびえていました。オーっ!開聞岳だ。

踏切を渡って歩いているうちに、徐々に明るくなってきました。開聞岳を目指す人であろう車も何台か追い越して行きました。かいもん山麓ふれあい公園では「最後のトイレ」がありました。

五合目の展望台は長崎鼻、佐多岬の展望よし

やがて登山口に到着しました。二合目にあたるところです。すぐに気が付いたのが、火山特有の粒状の黒土であることです。道は黒土が掘られて塹壕のような様相です。植生はなんとなくジャングルっぽくて、いつもと違う気がします。

道沿いには黄色い花がたくさん咲いています。ツワブキという名前のようです。12月のこの時期にこんなに花を見ることができるなんて、やっぱり暖かいからなんでしょうか?開聞岳はツワブキの自生地として有名らしく、開聞岳という名前の園芸品種もあるそうです。

2.5合目。わりと細かく合目を入れ込んできますね。
陽も登ってくることだし、ここで衣服の調整を行います。

開聞岳は、切れ込んだ谷もなければ、尾根もないので、普通に考える道ではありません。きれいな円錐形の山を時計回りにらせん状に登っていくのです。絶えず左手には海、右手に山の斜面を感じながら登り続けるのですが、ずっと同じような感覚が続くので、今どの方向を向いて歩いているのかわからなくなってしまいます。

ようやく開けたところに出たと思ったら、五合目の展望台です。ここからは東の方向を望むことができて、長崎鼻という砂州がとんがった岬と錦江湾が見え、そして大隅半島が朝日の中にシルエットとして浮かんでいます。
と長崎鼻(右)遠くに大隈半島-1.jpg)
7.1合目。ここには展望案内図があって、南側の展望が広がります。案内図では屋久島や種子島が見えると紹介されています。しかしこの日は霞んで見ることができませんでした。あとで出会った人によると、前日の12/22には種子島からH3ロケットの打ち上げ(最終的には失敗だった)を見ることができたらしいとのこと。「それは見たかったですね」と笑いあいました。

螺旋状に登り続けると、徐々に岩岩した道に

7.1合目を過ぎてすぐに「開口部 穴あり!足元注意」の標識がありました。仙人洞(せんにんどう)と呼ばれている、山伏たちの修行の場だったということです。
開聞岳は、4400年前に活動を始めた火山で、885年に有史上最後の大規模な噴火が起きています。現在は平穏ですが、2000年に東側、西側の2カ所の斜面から噴気が確認されています。山体は玄武岩の成層火山の上に安山岩の溶岩ドームが乗っているとのこと。仙人洞の標識には「開聞岳が噴火した時に溶岩がせりあがってできたもの」との説明がありました。
9合目に着きました。ここが時計でいうと9時の針の部分にあたるところです。

らせん状のルートは山頂に近づくにつれ、だんだんと半径を小さくして、方向が目まぐるしく変わります。このはしごのポイントは時計でいうと、12時の針のところにあたります。

そこからぎゅっと南に方向を変えて(実感はありません)、道も岩をよじ登るようなものになりました。ここが溶岩ドームに当たるのでしょうか。

この辺りになると、湿気の多い風が直接岩に当たって冷やされ結露するのか、びっしょりと濡れています。

開聞岳の頂上からは池田湖、錦江湾が一望

山頂への矢印に沿って登って行きますと、大きな岩を回り込んだところに三角点がありました。午前9時ですので、駅から2時間20分でした。
昭和63年に皇太子殿下が登った旨の石碑もありました。目の前に広がるのは池田湖と錦江湾です。かすかに桜島も見えるような…。この景色だけでも絶景といえば絶景ですが、開聞岳はやはりそのきれいな三角錐の山体があっての景色なのかなとも思いました。
というより風が強くて寒い。ガスがかかったりして、これ以上景色も期待できないと早速山頂を後にすることにします。風を避けて一段降りると鳥居があって、その脇でコンビニで買った饅頭を食べて一息入れました。
下山の途中で枕崎方面に伸びるきれいな海岸線に見惚れていると、黒い影に気がつきました。開聞岳のシルエットがきれいに地上に映されています。写真で見たことのある風景です。「これかー」と喜んで写真に収めます。

5合目まで下りると、上りの時より佐多岬がくっきり見えました。

指宿の砂むし体験と鹿児島で黒豚とんかつを食す

山頂からおよそ2時間で開聞駅まで下ってきました。時刻は11時半ごろで、次の目的地指宿には12時32分の鹿児島交通のバスに乗ります。バス停前で魔法瓶に入れたお湯でお茶を入れたりして時間を潰しました。
深田久弥氏は東側の川尻の集落に下山して、漁村の波打ち際から仰いだ開聞岳こそ、天下の名山に恥じないと記しました。私の場合、バスの車窓からの風景で開聞岳との別れとなりました。

「砂むし会館」バス停には13時10分ごろに着きました。窓口で砂むしセット(1,500円)を頼み、浴衣に着替えて海岸へ降りて行きます。そこにはスコップを持ったスタッフが待ち構えていて、支持された場所で寝転ぶと浴衣の上から黒い砂を全身にかけてくれました。「10分を目安にしてくださ〜い」と言われました。
砂の重さが嬉しい。ぬくい(温い)のが嬉しい。あ〜、なんという贅沢な時間。これも朝早く起きて開聞岳を登ったご褒美なのだ。なんども言いますが、嬉しい…。10分が過ぎて身体を砂の中から持ち上げると、浴衣がしっとりと濡れています。汗をかいたのだろうか。なんだか、汗をかいたことさえ嬉しくなりました。とにかく気持ちがよくて、シャワーを浴びた後に大浴場へ。

なんか気が大きくなったのか、15時7分の特急指宿のたまて箱に乗って鹿児島中央へ。車中ではクラフトビールを2本も飲んでしまいました。これが美味しかったのですよ。
鹿児島中央には16時に到着し、せっかく薩摩国にきたのだからと、鹿児島市維新ふるさと館を見学しました。17時閉館で、あまりゆっくりは見ることができなかったのですが、16時半からのドラマ上映がなかなか良くて、西郷隆盛と大久保利通の交流などがよくわかりました。地方を訪ねて歴史にふれると、「大河ドラマみとけばよかったなあ」といつも思います。「西郷どん」再放送ないかな…

今晩の夕食は黒豚とんかつです。「とんかつ黒田」というお店に行くと開店直前ですが入店できて、ビールと黒豚ヒレ定食を頼みました。これは美味かった〜。最高でした。この肉の分厚さと色を見てください。お値段も2,800円して目が飛び出たのですが、食べた後は満足して目が引っ込みました(笑)

さああとは鹿児島空港に移動して神戸への最終便に乗りました。空港へのバスは19時が最終ですので気をつけてくださいね。
空港では韓国岳へのバスで同乗した男性とまたお会いして、色々とまた情報交換しました。年も近いし、公共交通での登山を指向している点など共通点が多く、話はやみませんでした。またどこかでお会いしましょうと声をかけて最後はお別れしました。
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